我々の研究室ではアトピー性皮膚炎の
慢性化の原因を解明しました。
これにより、アトピー性皮膚炎に対する
新薬開発が期待されます。

【要旨】
 アトピー性皮膚炎は皮膚に発症するアレルギー性の炎症疾患です。痒みを主体とする症状により日常生活に支障をきたしたり、美容上の問題を生じたりします。現在、我が国でのアトピー性皮膚炎患者は、幼児や学童の10%から20%を占めると言われており、さらに増加傾向を示しています。
 アトピー性皮膚炎は通常、慢性の経過をたどり、一度発症すると何年にもわたって、場合によっては生涯を通して症状が継続します。アトピー性皮膚炎がこのように慢性化する原因についてはこれまで不明でした。今回、我々の研究室の増岡美穂大学院生や白石裕士助教らを中心とする研究グループが、アトピー性皮膚炎が慢性化する原因を解明しました。
 本研究グループは、ペリオスチンというタンパク質がアトピー性皮膚炎の慢性化の原因となっていることを明らかにしました。アトピー性皮膚炎患者では、インターロイキン4や13という炎症性メディエーターの刺激により、ペリオスチンが大量に産生されて皮膚組織に沈着します。沈着したペリオスチンは表皮細胞を刺激して、炎症を引き起こす別のメデイエーターを産生するため、さらに炎症が継続します。このように、いったんペリオスチンが産生されて組織に沈着すると、体外からの刺激とは無関係に体内で炎症を継続するサイクルが回転することになります。これが、アトピー性皮膚炎の慢性化につながっています。
 ペリオスチンは、インテグリンという細胞表面に存在するタンパク質に結合して、炎症を引き起こすメディエーターを細胞に作らせるように指示します。本研究グループは、ペリオスチンを遺伝的に欠損させるか、ペリオスチンとの結合を阻害するインテグリンに対する抗体を投与すると、マウスにおいてアトピー性皮膚炎が起きなくなることを発見しました。このことから、ペリオスチンとインテグリンとの結合を阻害する物質を開発すれば、それがアトピー性皮膚炎に対する新薬となると期待されます。
 本成果は、6月11日付の医学誌ジャーナルオブクリニカルインベステイゲーション電子版に発表されます。論文のタイトルはPeriostin promotes chronic allergic inflammation in response to Th2 cytokines(ペリオスチンはTh2型サイトカインに反応して慢性アレルギー性炎症を増悪する)です。

【開発の背景】
 アトピー性皮膚炎は、皮膚のバリアー機能の遺伝的な障害と、ダニなどのアレルゲンが体内に侵入して引き起こすアレルギー性炎症とが組み合わさって生じると考えられています。しかし、以前より、アレルギー性炎症の原因となるアレルゲンと接触しないようにしても、炎症が持続してしまうことが臨床的に知られていました。つまり、アレルゲンの刺激に関係なく体内で炎症が継続する、何らかの仕組みが存在すると想像されていました。しかし、そのような仕組みがどのように機能しているのか全く不明でした。

【研究の内容】
 本研究グループは、今回、アトピー性皮膚炎モデルのマウスを用いた実験、アトピー性皮膚炎患者の組織や血液の解析、生体外での細胞培養実験により、ペリオスチンがアトピー性皮膚炎の慢性化の原因となっていることを発見しました。
 アトピー性皮膚炎モデルマウスは、マウスの皮膚にハウスダストの主成分であるダニの抽出物を塗布することによって作製しました。このモデルマウスはアトピー性皮膚炎患者と非常によく似た皮膚炎を生じました。このアトピー性皮膚炎モデルマウスの皮膚組織では、ペリオスチンが強く沈着していました。ペリオスチンはインターロイキン4や13という炎症性メディエーターの刺激により産生されており、インターロイキン4や13が作用しなくなるマウスでは、ペリオスチンの産生もアトピー性皮膚炎の所見も見られませんでした。さらに、ペリオスチンを欠損させたマウスにダニ抽出物を塗布しても、アトピー性皮膚炎の所見が全く見られませんでした。つまり、アトピー性皮膚炎が起きるためには、ペリオスチンの存在が欠かせないことを明らかにしました。それでは、ペリオスチンはどのようにアトピー性皮膚炎を引き起こすのか。ペリオスチンは表皮細胞に作用して別の炎症性メデイエーターを産生し、その炎症性メディエーターがさらに炎症を継続させることを、細胞培養実験を用いて証明しました。つまり、アトピー性皮膚炎によりペリオスチンが産生されると、ペリオスチンがさらにアトピー性皮膚炎を増幅させ、継続させる悪性のサイクルが回っていることを明らかにしました(参照図)。さらに、アトピー性皮膚炎患者の皮膚組織や血液中では、ペリオスチンの発現が皮膚炎の重症度と比例して上昇していることを見出し、モデルマウスを用いて得られた炎症慢性化の仕組みが患者においても成り立っていることを示しました。
 本研究は、佐賀大学を中心として、九州大学皮膚科教室、岐阜薬科大学薬理学教室、米国インデイアナ大学より組織される研究グループにより行われました。

       
ペリオスチンによる炎症の悪性サイクル
参照図: アレルゲンが皮膚組織に侵入するとTh2細胞が活性化され、IL-4/IL-13が産生されます。IL-4/IL-13は線維芽細胞に作用してペリオスチンの産生を誘導します。ペリオスチンは表皮細胞上のαVインテグリンに結合し、TSLPなどの炎症性メデイエーターを産生し、再びTh2細胞を活性化します。このように、アトピー性皮膚炎におけるアレルギー性炎症では、ペリオスチンを中心とする炎症の増幅・遷延化を引き起こす悪性のサイクルが存在します。



【今後の展望】
 今回の研究では、ペリオスチンとその受容体であるインテグリンとの結合を阻害する抗体を投与すると、マウスにおいてアトピー性皮膚炎が起きなくなることを発見しました。このことは、ペリオスチンとインテグリンとの結合を阻害する物質は、アトピー性皮膚炎に対する新薬となりうることを示しています。本研究グループは、現在ペリオスチンの作用を阻止する抗体の作製を進めており、将来的にはそのような抗体をアトピー性皮膚炎に対する薬剤として開発する予定です。
 現在のアトピー性皮膚炎に対する治療法は、炎症を抑えるステロイドや免疫抑制剤の軟膏や皮膚のバリアーを保護する保湿剤が中心となっています。これらでコントロールが不充分で炎症を繰り返す場合はステロイドや免疫抑制剤の内服が必要となりますが、副作用の問題を抱えています。ペリオスチンを標的とした治療薬を開発すれば、大きな副作用なしに治療を進めることができます。また、今回の研究結果より、仮に炎症を抑制しても、ペリオスチンがいったん沈着すればそこから炎症が継続すると考えられます。このことから、ペリオスチンを標的とした治療薬は、ステロイドや免疫抑制剤の内服が無効な患者に対しても有効性を示すと考えられます。このように、ペリオスチンに対する阻害剤を開発することができれば、アトピー性皮膚炎における画期的な薬剤となると期待されます。

(平成24年6月11日)

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