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陰イオンによる炎症反応の惹起

炎症反応においてはさまざまなイオンの流れが変化します。私たちは、先ほどお話したperiostinと同様に、マイクロアレイによる網羅的な遺伝子探索を発端として、陰イオンによる炎症反応の惹起機構の解析を進めています。まず、air-interface法という特殊な培養法を用いて、気道上皮細胞をIL-13存在下で粘液産生細胞、いわゆる杯細胞に分化させました。この細胞に発現している遺伝子をマイクロアレイで解析した結果、pendrin遺伝子が強く誘導されることを見出しました。Pendrinは細胞膜を何回も貫通している陰イオンチャネルで、ヨードイオン、塩素イオン、重炭酸イオンなどを透過させます。Pendrinは元々甲状腺腫や内耳性難聴を特徴とするペンドレッド症候群の原因遺伝子として同定されました。私たちは、まず、気管支喘息とCOPDのどちらのモデルマウスにおいても上皮細胞の管啌側に一致してpendrinが発現していることを確認しました。次に、ウイルスベクターにpendrin遺伝子を組み込んで気道上皮細胞に発現させると、気管支管腔内に粘液成分を含んだ喀痰が形成されるとともに、炎症細胞の浸潤を認めました。このことから、pendrinを透過した何らかの陰イオンが気道炎症を引き起こしていると考えました。

私たちは、pendrinを透過する陰イオンの中で、チオシアン酸(SCN-)に着目しました。チオシアン酸はDUOXにより産生された過酸化水素(H2O2)と反応して、ペルオキシダーゼによりヒポチオシアン酸(OSCN-)となります。

ヒポチオシアン酸は抗微生物作用を発揮して生体防御システムに関与しています。私たちはヒポチオシアン酸が気道上皮細胞に作用して炎症を引き起こしているのではないかと考えました。それを証明するために、ヒポチオシアン酸産生が喘息において増強されており、この産生経路の阻害により喘息の病態が改善するかを解析しました。まず、喘息モデルマウス、あるいは喘息患者の一部では、pendrinに加えてDUOX1/2やペルオキシダーゼ(LPO, EPX, MPO)の発現が増強していることを確認し、ヒポチオシアン酸産生は亢進していると考えられました。次に、汎ペルオキシダーゼ阻害剤であるメチマゾールをマウスに投与したところ、アレルゲン投与による気道炎症の改善が認められました。さらに、私たちは、低濃度のヒポチオシアン酸は気道上皮細胞においてNF-kBを活性化するとともに、高濃度のヒポチオシアン酸はネクローシスを誘導することを見出しています(未発表)。メチマゾールは抗甲状腺薬として広く使用されている薬剤です。それが気道炎症においても有効であることを示したのは大きな驚きでした。

薬剤が本来の用途とは異なる用途に用いられることをdrug repositioningと呼びます。Drug repositioningではすでに安全性が確認された薬剤を使用するため、開発費の節約や開発時間の短縮につながり、新たな薬剤開発のための選択肢として期待されています。私達の研究結果は、現在抗甲状腺薬として使用されているメチマゾールの抗喘息薬へのdrug repositioningの可能性を示唆していると言えます。

参考文献

  1. J Immunolvol.180, 6262-6269, 2008
  2. J Allergy Clin Immunol, in press