B細胞抗原受容体からのシグナル伝達機構
2002066 中山 宏道
B細胞抗原受容体(BCR)の意義
B細胞は抗体産出のための前駆細胞であり、10億種類以上もの抗原特異的な受容体を発現するクローンの集団である。その活性化はバーネットの「クローン選択説」に述べられた特異的B細胞クローンの急速な増殖による細胞数の増加と抗体産出細胞への分化を起こす。単一のB細胞はただ1種類の抗体分子(Ig)を膜型分子として発現している。この膜型Igが特異的な抗原受容体として機能するため、抗原が体内に侵入すると抗原に特異的なB細胞だけを活性化させることができる。(抗原特異的活性化シグナル)
抗原に反応したB細胞は、さらにさまざまな補助刺激を受け、急速に増殖して同じ特異性を持つ細胞を増やし、それらが最終的に特異的な抗体を大量に産出する形質細胞に分化する。(主として抗原非特異的活性化シグナル)
形質細胞になると、もはや細胞表面には抗原に対する受容体を発現せず、もっぱら分泌型の抗体を産出する最終分化細胞となる。この時期では細胞増殖をしないとされている。
B細胞信号伝達について
骨髄内で造血幹細胞より分作したB細胞は最初膜型免疫グロブリンM (slgM)を中心とした抗原受容体複合体(BCR)を細胞表面に発現する。このBCRにはslgMを構成するH鎖(μm)と,L鎖以外に, T細胞受容体のCD3分子群に相当するIgα (MB1)およびIgβ (B29)が含まれる。さらに非受容体型チロシンキナーゼ(Blk, Lyn, Fyn, Syk等)がBCRに会合している。
BCRの最初の役割は細胞内に死の信号を送ることであると考えられている。すなわち,初期のある限られた期間(おそらく骨髄を離れるまで)、髄内の抗原(生理的には自己抗原)と持異的に結合したBCRからは,細胞死(アポプトーシス)に至る何らかの信号が送られる。これによって,自己持異的なB細胞クローンが除去される。
これを免れた非自己特異的B細胞クローンは成熱し,末楷のリンパ節や脾に移行する。ここでのBCRの仕事は,外来抗原と特異的に結合し,
T細胞へ提示するための抗原の取込みを導くと同時に,細胞の活性化,すなわちDNA合成の誘導, MHCクラスTT抗原の発現増強,細胞サイズの増大等に至る信号を細胞内へ送ることである。
同じBCR複合体から細胞死と活性化といういわば正反対の反応がひき起こされることは非常に興味深い。
・B細胞抗原受容体刺激による初期反応(図1)
BCR刺激後最初に起こる反応の1つに,前出の非受容体型チロシンキナーゼ(以下N RTK)の活性化がある. B細胞においては,いわゆるSrcフアミリーに属するp55blk,
p59fyn, p53/561ynと,これとは少し構造の異るp75sykとが活性化され,それら自身および種々の膜分子や細胞内分子がチロシンリン酸化される.
Src型NRTK分子内には,キナーゼ領域の他に分子間で良く保存された領域, SH2とSH3がある.このSH2およびsH3ドメインは信号伝達に関わる種々の細胞内分子にも見られ,分子間結合に関わることが最近明らかになった.すなわち,
SH2ドメインは分子内の特定のリン酸化チロシンを, SH3ドメインは持定のプロリンの繰返し配列をそれぞれ認識し結合する. Src型NRTKの活性はC末端のチロシンリン酸化(別のNRTKの1つCskによる)により抑制される.これは,このリン酸化チロシンが自身のSH2ドメインと結合し構造変化を起こすためと考えられている.ちなみに,
Csk欠損マウス胎仔では種々の細胞内蛋白のチロシンリン酸化が冗進しており, NRTKの活性化が示された.また,逆に同じC末端のチロシンの脱リン酸化によってNRTKが活性化されると考えられ,これを司るチロシン脱リン酸化酵素のひとつとしてCD45があげられている.
CD45変異マウスにおいて,抗slgM刺激によるB細胞の活性化が起こらないことはこれを支持する.
BCR刺激後,活性化されたこれらのNRTKによりチロシンリン酸化される細胞内分子が最近いくつか明らかにされた.
phospholipaseC (PLC)はphosphatidyl inosito1 4, 5-bisphosphate (Ptdlns 4, 5P2)をinositol
l, 4, 5-triphosphate (IP3)とdiacylglycerol (DAG)とに水解し,できたIP3はER内に貯蔵されたCa2+の細胞質内への放出を促し,
DAGはproteinkinaseC (PKC)を活性化する.また, phosphatidyl inosito1 3-kinase(PI3-K)はPtdlns4,5P2をリン酸化し,
Ptdlns3,4,5-P3に変換する.これらの産物は,さらに下流の信号伝達を促進すると信じられている. BCR刺激により,このPLCのアイソザイムであるPLC-ylと-y2,およびPI3-Kのサブュニツトp85がチロシンリン酸化され活性化されることが示された.また,活性型のGTP-Rasを不活性型のGDP-Rasに変換するRas
GTPase-activatingprotein (GAP)や,反対にGDP-RasをGTP-Rasへと変換するGDP-GTP交換因子の1つVavもBCR刺激直後にチロシンリン酸化され活性化される.
slgMを架橋するとcapping(細胞内に取込まれたslgMが細胞の一極に凝集すること)が起こるが,その時RasもslgMと一緒にcappingすることが観察され,前述の事実と共に,
BCRからの信号伝達がRasを介する可能性が示された.さらに, EGF受容体等の受容体型チロシンキナーゼからの信号伝達の系ではRasの経路の最下流に位置するmitogen-activated
pro-teinkinase (MAPK)が, BCR刺激後のPTKにより直接チロシンリン酸化されることも見出された. MAPKはc-Jun, c-Myc等の転写因子をセリン/スレオニンリン酸化し,活性化するという報告があり,細胞膜上のBCRから核内の標的遺伝子までの信号伝達の経路がつながった。

ところが,最近,成長困子やサイトカインの受容体からの信号伝達に,もっと単純で直接的な経路が存在することが明らかになってきたらしい。が、ここでは略させていただきたい。
・B細胞リセプター下流に連結する情報伝達系
B細胞上のB細胞リセプター(BCR)を架橋すると種々の細胞内タンパクのチロシンがリン酸化される。これはBCRを介した刺激によりsrc
familyの1yn, fyn,blk, 1ckやsykなどのチロシンキナーゼ(以下PTK)が活性化されるためで,これらPTKはIg-α,Ig-βの細胞質部に存在するARH-1と呼ばれるコンセンサスシークエンス(D/ExxxxxxD/ExxYxxLxxxxxxxYxxL/T, ]は任意のアミノ酸)に物理的に結合する。Clarkらは, Ig‐α, Ig-βのARH-1に結合するタンパクを解析し,Ig-αのARH-1には1yn, fyn, PI-3 kinaseが, Ig-βのARH-1にはPI-3kinaseと未知の40, 42kDのリン酸化タンパクが結合することを示し, Ig-α, Ig-βが異なった情報伝達系に接続することを明らかにした。 CD8の細胞外・膜部にIg-αまたはIg-βの細胞質部を結合させた融合タンパクを用いた系では, Ig-α, Ig-βは実際に質的に異なったシグナルを伝達することも示されている。Ig-αのARH-1と1yn,fynは,ARH-1中のチロシンのリン酸化状態により2相性の結合様式を示す。
チロシンがリン酸化されていない状態ではIg-αはlyn, fynのN末端10アミノ酸を介して結合するのに対し,リン酸化されたIg-αはSH2ドメインと結合する。また, 1yn, fyn, blkのN末端27アミノ酸はPLCγ2, mitogen-activated protein kinase, p21(RAS)-GAPと結合し, 1yn, fynのSH3ドメインはPI3-Kと結合することが示されている。
これらの事実から, BCRを介した一達の情報伝達の流れを推測すると,
@BCRの架橋がIg-α, Ig一βの細胞質部の構造変化として細胞内に伝達される。
Aこの構造変化がIg-α, Ig-βのARH-1にN末端を介して結合しているPTKを活性化しARH-1のチロシンをリン酸化する。
BこれによりPTKはSH2ドメインを介してARH-1とより強固に結合するようになる。
C同時にこの構造変化によりPLCγ2, mitogen-activated protein kinase, p21RAS-GAPがPTKのN末端に, PI3-KがPTKのSH3に結合可能となる。
Dこれらの酵素はPTKによりリン酸化を受け活性化しその下流の情報伝達系のスイッチをonにする,というシナリオが提起される。
BCRに結合するPTKの下流にはここに挙げた以外にもHS1などある程度機能が明らかにされている基質もあるが,その機能が未だ明らかでない基質も存在する。また,各々のPTKがリン酸化する基質には持定のパターンが存在し,例えばアポトーシスはblkの活性化により誘導され他の1yn,fyn,1ckの活性化とは無関係であることなどから示唆されるように,各PTKの下流に存在する基質の違いがそのPTKの機能を決定している。今後もこれらの基質が一つ一つ明らかとなり,それぞれの間のネットワークが解明されていくものと思われる。
一方, sykはsrc familyのPTKとはやや異なった性格を持つ。 sykもSH2ドメインを有しARH-1と理論的には結合し得るが,実際にはNP-40の存在下でIg‐α, Ig-βの付随しないIgMにもsykの結合が見られ,sykはIgMと直接結合していると考えられる。免疫グロブリン付随分子の発見当初はBCRを介したシグナルはこれを介して細胞内に伝達されると考えちれていたが,IgM膜部のアミノ酸を置換しIg-α, Ig-βの付随なしで細胞膜上に発現させた変異IgMの架橋がcappingやendocytosisを誘導することから,
Ig-α, Ig-βを介さない情報伝達機構の存在が示唆されるようになった。その機序の一つとしてsykの関与が考えられるが, IgMの細胞質部が従来から考えられていたようにわずか3つのアミノ酸からなるとすると両者の結合は物理的に困難と思われる.これに対しての意見もあるらしい。
参考文献 ”免疫学コア講義” 南山堂
”Annual Review 免疫 1994” 中外医学社
”Annual Review 免疫 1995” 中外医学社